ワ州キリスト教弾圧事件

youtu.be教会の十字架がハンマーで破壊され、そして持ち去られている。

 

中国雲南省と国境を接するミャンマー北部の山岳地帯で異変が起きていた。2018年9月、この地を支配する「政府」が突如キリスト教の弾圧を始めたのである。

ゴールデントライアングルのミニ中国

だが、その「政府」はミャンマー政府ではない。ミャンマー・シャン州北部約3万㎢の土地「ワ州」を支配し、中国のバックアップを受けて事実上の独立状態にある軍閥、「ワ州政府」である。

「ワ州」の公用語は中国語。通貨は人民元。2~3万人の兵力を有する独自の軍隊「ワ州連合軍」や独自の法律「ワ州基本法*1*2*3を持ち、「ワ州連合党」による一党独裁体制が敷かれている。

このワ州は、中国そっくり、というか中国を真似して作った「ミニ中国」なのである。それもそのはず、文革時代に中国共産党紅衛兵を中緬国境に送り込み、ビルマ共産党の戦力としてゲリラ活動をさせていた土地であるからだ。1989年4月18日、冷戦構造の崩壊と共にビルマ共産党は内部崩壊し、党内から生まれたワ州連合軍はミャンマー軍政と平和条約を結んでワ州を成立させた。そして「建州」から約30年もの間、中国から多大な援助を受けて強力な軍事力を維持し続けている。

 このワ州については高野秀行氏の「アヘン王国潜入記」が詳しい。

www.amazon.co.jp

ワ州キリスト教弾圧事件

さて本題に入ろう。ワ州で一体何が起こったのだろうか。

 

この事件に関するツイートが2つ見つかったので拙訳とともに紹介する。この記事における英語と中国語の訳はすべて拙訳である。

 温州教会ニュース:ミャンマー・ワ州で教育支援を行っていた温州楽清教会の16名の宣教師が9月10日、現地の政府職員に連行された。彼らは中国側に引き渡され、14日に帰ってきたが、なお2名が家族と連絡が取れていない。ワ州の公式文書によると、ワ州でボランティア教員をしている中国人を含む非現地人のキリスト教関係者が追放される予定であるという。海外メディアの報道によると、この事件は中国側の圧力によってワ州政府がキリスト教に対して強硬策をとったものとみられる。

 

 9月10日、ミャンマー・ワ州政府は16名の温州楽清支教*4キリスト教徒を捕らえ、ワ州の拘留所に3日2晩拘束した。14日には中国側に引き渡され、17日には15人が帰ってきたが、1人だけが雲南省臨滄市滄源県の看守所に送られた。その1人は今年26歳で、ワ州の支教学校の校長である。現地警察は彼を「違法越境罪」として起訴した模様である。

 2つのツイートに多少差はあるもののキリスト教の宣教師が拘束され、うち数名が中国側に引き渡されて捕らえられているということがわかる。

同月28日、タイに拠点を置く反ミャンマー政府系の新聞エーヤワディー・ニュース・マガジン(The Irrawaddy,以後エーヤワディー紙と表記)は以下のように伝えている。

The United Wa State Army (UWSA) has detained 92 Lahu Christian leaders and 42 Wa students in Shan State, and the students have been forced to serve as soldiers, the Christian group said.

ワ州連合軍(UWSA)がシャン州でラフ族のキリスト教指導者92人およびワ族の学生42人を拘束し、学生らは兵役を強いられているとキリスト教団体が伝えた。

www.irrawaddy.com

ワ州の声明

この事件が起こる約1週間前、ワ州政府は以下のような声明を出していた。

关于基督教问题决定的通知

关于基督教决定的通知

 

中央机关各部门,各部队,各地方政府

 

       根据佤邦中央对宗教信仰自由,信仰有则的原则,现基督教的问题上,中央决定责成禁毒执行小组负责落实,并报中央。

1.清查全邦的传教(包括支教老师)问题。

2.清查传教人员,追根摸底。

3.统计建盖的宗教场所,1989年前建盖的要保留,1992年后经中央审批建盖的要维护,不允许发现新信徒和建盖新教堂。没有经中央审批建盖的教堂要给予拆除。

4.清查支持传教行为的干部,并要严肃处理,干部不能担任神职干部。

5.坚决禁止在学校搞宗教宣传和教育。

6.佤邦各宗教神职人员必须是佤邦本地人,神职人员的任免由地方政府报政协,政协报中央任免。

 

                                                   佤邦联合党中央委员会

 

                                                          2018年9月6日

キリスト教に関する決定の通知

中央機関各部門、各部隊、各地方政府

 

ワ州中央政府は信教・信仰の自由の原則に基づき、キリスト教問題の実行と中央政府への報告責任を麻薬取締執行班に委託することを決定した。

1.州全体の宣教問題(支教を含む)を徹底的に調査する。

2.宣教師を徹底的に調査し、内情を究明する。

3.1989年以前に建てられた宗教施設は留めておき、1992年以降に中央の承認を得て建てられたものは維持しなければならない。新たな信者を得たり、新たな教会を建てたりすることは許されない。 中央の承認を得ずに建てられた教会は取り壊される。

4.宣教行為を支援する幹部は厳粛に処理される。幹部が聖職者の幹部に就くことはできない。

5.学校での宗教的なプロパガンダや教育は断固として禁止されている。

6.ワ州のすべての宗教の聖職者はワ州出身者でなければならず、その任命・解任は地方政府が政協に、政協が中央政府に報告しなければならない。

 

ワ州連合党中央委員会

2018年9月6日

 

 

この中で特に問題となっているのは3,5,6の項目である。

3番の項目を要約すると

・1989年(ワ州成立)以前の教会は残置。

・1989年から1992年の間に建てられた教会は合法。

・1992年以降に建てられた教会で、ワ州連合党中央の許可を得たもの以外はすべて違法であるから閉鎖あるいは破壊する。

となる。それゆえ、冒頭で触れたように既存の教会が十字架を取り払い、閉鎖させられているわけである。

そして、5番は支教学校でボランティア活動を行うキリスト教系団体の締め出しを図るものである。これは家庭教会の関係者が支教学校の支援活動に関与しているからではないかとみられる。(これに関しては後述する)

6番は聖職者はワ州出身者以外であってはならないとするものであるが、これは外国人宣教師、特に米国人の宣教師が工作員としてワ州に潜入することを防ぐのを目的としているものとみられる。言うなればワ州版「伴天連追放令」であろう。

香港の英字メディアであるアジア・タイムズは2018年9月17日付の記事において「なぜ中国はミャンマーキリスト教徒を恐れるのか」というタイトルでこの事件を取り上げている。

asiatimes.com

The Chinese language statement, obtained and reviewed by Asia Times, pledges to punish any local administration cadres who support missionary activities, bans the construction of new Christian churches, and requires that priests and workers in existing churches must be local not foreign.

The announcement also bans religious teaching in schools in the Wa Hills area and UWSP functionaries are as per the order no longer allowed to be members of any “religious organizations.”

The edict uses the Chinese term jidujiao for Christianity, the term for Protestants and evangelical Christians, and not tianzhujiao, which is used to denote Roman Catholics. It thus seems that only certain Christians will be targeted by the new order.

(中略)

The UWSP’s recent statement significantly says that churches that were built before 1989 and after 1992, and approved by Wa authorities, will be exempt from the new measures. 1989 was the year of the mutiny, and in the early 1990s the UWSA moved thousands of Wa south to the Thai border, where they set up a new base area.

Most of those who were forced out of the area were Buddhist Shans, but some Christian Lahu hill-tribe people with connections to Western churches also lived in the region. The exemption for 1989-1992 built churches would thus seem to show that the order is directed specifically against Christian congregations with suspected Western ties.

アジア・タイムズ紙が取得し、考察した中国語の声明には宣教活動を支援する全て地方行政支部の処罰、新しい教会の建設の禁止および既存の教会の聖職者と労働者は外国人ではなく現地人でなければならないとする内容が誓約されている。

また、声明ではワ山地域での学校における宗教教育が禁止されており、もはやワ州連合党員がすべての「宗教組織」の成員となることを許可しないことが示されている。

その布告ではプロテスタント福音主義キリスト教に中国語の単語「基督教」を用いているが、ローマカトリックを示す語「天主教」を用いていない。すなわち、新体制によって標的となるのは特定のキリスト教徒になるとみられる。

(中略)

ワ州連合党の最近の声明は1989年以前および1992年以降に建てられた教会でワ州当局に認可された教会は新基準から除外すると明言している。1989年は内乱の年であり、1990年代初期にワ州連合軍(UWSA)は何千人ものワ族をUWSAが新たに基地を設立した地域である南部のタイ国境まで移動させた。

その地域から追い出された者の多くは仏教徒のシャン族であったが、西側の教会と関係を有するキリスト教徒の山岳民族、ラフ族もその地域に住んでいた。それゆえ1989年から1992年までに建てられた教会の免除はその指令が特に西側との関係が疑われるキリスト教徒の会衆に向けられたものであることを表しているように見える。

ラフ族のキリスト教徒の中で一番影響力を持っているのはバプテスト教会であり、ミャンマーで精力的に布教を行ったのは米国系のバプテスト教会の宣教師であった。しかし、中国はミャンマーの宣教師たちを快く思っていない。

2014年4月、カチン独立軍の副総司令官Gun Maw将軍が訪米し、米国国務省の要人と接触したのちメリーランドのバプテスト教会を訪れた。中国はこの動きに反応し、西側諸国のNGOや外国の教会団体に関与しないようにカチン独立軍側に圧力をかけた。

 

約1世紀前にワ族の住む山岳地帯にキリスト教を広めたのは米国の福音主義の教会であるが、中国は阿佤山地域(≒ワ州地域)のプロテスタント教会の宣教師たちが米国政府やCIAとコネクションを持つことを中国政府は恐れているようだ。

 

エーヤワディー紙はこのように伝えている。

Nyi Rang, a UWSA spokesperson based in Lashio, told The Irrawaddy that the action was intended to prevent extremist religious leaders from destabilizing the region.

ラシオに拠点を置くワ州連合軍(UWSA)のスポークスマンはエーヤワディー紙に対し、この行動は過激な宗教指導者がワ州を不安定化させるのを防ぐためであったと話した。

www.irrawaddy.com

どこかで聞いたような言い草である。ここでワ州政府側の措置の正当性を認める意見も紹介しておこう。教会の閉鎖を余儀なくされたカチンバプテスト連盟会長のラザルス牧師は以下のように言った。

 Kachin Baptist Convention (KBC) chairman Rev. Samson, whose church has been conducting baptisms in Wa Region for more than 30 years, said the ban was prompted by the activities of extremist missionaries.

“You can’t call them typical Christians. They are just people who want to attack established churches. They are against what we Christians believe,” he told The Irrawaddy.

Some Christian groups had been confining new converts to churches and not allowing them to go home, he said. Additionally, UWSA leaders were angered when Christian groups posted a video on social media that condemned the local practice among ethnic Wa of worshipping “nats”(spirits), Rev. Samson said. Nats are spirits worshipped by local people in conjunction with Buddhism.

The UWSA has temporarily shut down all churches, but will allow some to reopen after it completes its investigation of Christian leaders, he said.

 

ワ州で30年以上宣教活動を行ってきたカチンバプテスト連盟の会長であるサムソン牧師はエーヤワディー紙に対して、この措置は過激派宣教師の活動によって引き起こされたものだと語る。

「彼らは典型的なキリスト教徒ではありません。既存の教会を攻撃する人々です。彼らは我々キリスト教徒が信じることに反対しているのです。」

サムソン牧師はキリスト教徒の集団は新たな改宗者を教会に監禁し、家に帰さなかったと言う。またキリスト教徒のグループがソーシャルメディアにワ族のナット信仰を非難する投稿をしたことがワ州政府の怒りを招いたのだと語った。ナットは現地の人々によって信仰される精霊であり、仏教と習合している。

ワ州連合軍は一時的にすべての教会を閉鎖したが、キリスト教指導者の調査が済めばいくつかの教会の再開を許可するだろうと彼は述べた。

 

宣教師は外国勢力である

実はこれ以前にもワ州に関連して宣教師が逮捕されている事例がある。

www.churchinchains.ie

アイルランドに拠点を置く慈善団体"Church In Chains"は当局に弾圧を受け、逮捕・拘留されている宣教師を支援する組織である。

Pastor John Cao (59) is serving a seven-year prison sentence in China’s Yunnan province for “organising illegal border crossings” between China and Myanmar. A resident of North Carolina, he made many trips to his native China to establish schools and work among the poor before expanding his humanitarian work into Myanmar. He was detained on 5 March 2017 while returning to China from Myanmar and was sentenced a year later. The court has postponed his appeal hearing repeatedly.

ジョン・ツァオ(曹三强)牧師(59)は「違法な越境を組織した」として中国雲南省で7年の実刑判決を受けている。ノースカロライナ州在住の彼はミャンマーに人道活動を拡大する前に、学校を設立したり貧しい人たちの中で働いたりするために、母国の中国に何度も足を運んでいた。 2017年3月5日、ミャンマーから中国に帰国する途中で拘束され、1年後に実刑判決を受けた。裁判所は彼の控訴審を何度も延期している。

ジョン・ツァオ牧師を逮捕拘留したのは中国当局であり、ワ州当局ではないことに留意したい。牧師は「違法な越境を組織した」として逮捕されているにもかかわらず、息子のベン氏によると当局が越境を手伝ったこともあったという。これは推測なのだが、牧師を泳がせておいてワ州における支教の人脈を洗い出し、一網打尽にするためだったのではないだろうか。

また、「違法な越境」についてもコメントしておこう。中国・ミャンマー国境はボーダーの管理がゆるく、毎日のように越境する地元住民もいる。安田峰俊氏の『独裁者の教養』には安田氏がゴムボートで地元住民と共に中国・ミャンマー国境を越えてワ州に潜入する描写もあった。「違法に越境を組織した」という罪が地元住民には適用されずに牧師にだけ適用されたことは当局が恣意的な法の執行を行っていることを意味する。

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当局は宣教師のことを外国勢力あるいは外国勢力と結託した存在で、国家の安全に危険を及ぼす可能性があるものだと見ており、如何なる手段を取っても抑え込まねばならないと思っているのだろう。外国勢力によって政権が転覆される危機にあるというこの被害者意識は昨今の香港においても表出している。他国の反政府ゲリラの支援を行っておいて、人権問題などについて非難されると「内政問題だ」「外国勢力による干渉である」などと宣うのはダブルスタンダードもいいところであるが。

 

宣教師と家庭教会についても触れておかねばならない。

1949年に中国共産党が政権を握った際にすべての宗教団体は国家の管理下に置かれることになったが、国家による干渉を避けるために登記をせず信者の家で礼拝などを行うようになった教会のことを家庭教会という。家庭教会はしばしば公安に摘発され、関係者が芋づる式に逮捕されている。

温州楽清教会の支教がワ州で拘束されたのは家庭教会の浸透を恐れてのことであると推測される。浙江省温州市は家庭教会の勢力が大きく、当局に敵視されている。

2017年には温州楽清の教会が当局による破壊を受けた。

www.rfa.org

 

ジョン・ツァオ牧師も家庭教会との関連がある。RFAの記事によると、ワ州における慈善活動は中国の家庭教会のボランティアと共に行っていたというのである。おそらく、この逮捕もワ州における家庭教会の浸透を中国共産党が警戒したからであろう。

2013年,曹三强回美国休整时,听到一位华人基督徒提及佤邦地区人民的恶劣生存环境, 于是他便去佤邦考察,立刻被那里的贫穷、落后所震惊。从此,曹三强牧师开始了在佤邦穷山区的艰辛工作。在他被捕前的三年里,曹三强与国内家庭教会的基督徒志愿者(最多时有200多位),在佤邦地区建立了16所学校,让2000多个贫困孩子得到基础教育;他们为佤邦贫民提供医疗服务,组织北京医疗队去义诊,大大降低了当地儿童的死亡率;还为当地少数民族募捐了约100吨的衣服;戒毒服务也是曹牧师特别重视的,因为云南孟连的毒品全部来自佤邦。他组织大家在村里一家一户地宣传,劝告村民不要吸毒、贩毒。因为这些慈善工作,曹三强曾受到佤邦政府的公开表扬。

2013年、休養と療養のためにアメリカに戻ったジョン・ツァオ牧師は、中国のキリスト教徒からワ州の劣悪な生活状況についての話を聞いた。 彼はワ州に行き、そしてそこの貧しさと後進性に衝撃を受けた。それ以来、ジョン・ツァオ牧師はワ州の貧しい山間部で懸命に働くようになった。ジョン・ツァオ牧師は逮捕される前の3年間、中国の家庭教会のボランティア(一時は200人にも上る)と一緒に、ワ州で活動していた。(以下省略)

www.rfa.org

 

「革命の輸出」から「弾圧の輸出」へ

先述したように、中国共産党ビルマ共産党への支援、すなわち「革命の輸出」を行ってきた。これはビルマ共産党だけではない。カチン州を支配するカチン独立軍(KIA)、シャン州を支配するシャン州軍(SSA)、インド・ミャンマー国境に拠点を構えるナガランド民族社会主義評議会(NSCN)やインド・アッサム州のアッサム統一解放戦線(ULFA)など「革命の輸出」の「恩恵」を受けた少数民族ゲリラ組織は枚挙にいとまがない。反政府ゲリラ組織ならば見境なく支援していたということである。

 

中国共産党はわざわざ雲南省まで他国の反政府ゲリラ組織を招いて軍事訓練を無償で行っていたというのだから懐が広い。これは余談だが、少数民族ゲリラたちに軍事訓練を施すのは1951年に国民党軍の残党(泰緬孤軍)がシャン州で開いた軍事学校「雲南省反共抗俄大學」*5に類似していて興味深い。

 

高野秀行氏の西南シルクロードには中国共産党がいかに「革命の輸出」を行ってきたかが書かれており、一読をお勧めする。

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さて、中国共産党は近隣地域に対し、「革命」に代わる新たな「輸出品目」を持ってきた。「宗教弾圧」と「少数民族の弾圧」である。

 

「弾圧」でつながる中緬両国の歴史は80年代末に始まる。中国共産党は89年の天安門事件で国際的に孤立したが、奇しくも前年に8888民主化運動を弾圧したミャンマーの軍事政権は国際的な非難を受けており「同病相憐れむ」形で両国は急速に接近した。すると前に述べたビルマ共産党は中緬両国の繋がりを妨げるものとなり、中国側からの援助が途絶えた。これはビルマ共産党が瓦解した原因の一つである。かつての輸出品目の「革命」はもはや厄介者になってしまっていたのだ。

 

 90年代、国家法秩序回復評議会(SLORC)政権はカレン族に対して「民族浄化」に近い形で掃討作戦を行った。この間に多くのカレン族が難民として国境を接するタイに亡キリスト教が多いことも相まって西側諸国にカレン族支援活動、「義勇兵」としてカレン民族同盟(KNU)の軍事部門カレン民族解放軍(KNLA)に参加した日本人の若者も複数人いる。

この国軍とカレン軍の紛争において、中国製の化学兵器が国軍によって使用されたと言われている。91年のCIAの文書では、"these claims have not been verified"としながらも"Some ethnic groups claim that the Burmese Army has imported chemical weapons from China to use in an offensive against them"と報告されている。

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さて現代に目を向けていこう。現在のミャンマー政府および国軍(タッマドー)はロヒンギャに対する迫害で悪名高いが、これについて民主化運動の闘士として知られたアウンサン・スー・チー氏はほぼダンマリを決め込んでいる。これはスー・チー氏がマジョリティのビルマ族かつ仏教徒であるゆえに少数民族問題について興味がないからだろう。

また、「強国」の後ろ盾があるというのも大きいと思われる。ロイター通信の記事では以下のように書かれている。

 

バングラデシュ当局者やヤンゴンに駐在する西側の外交関係者、安全保障問題の専門家によると、中国がもっぱら気にしているのはラカイン州における重要な自国権益を強化することだという。

 

さきごろミャンマーを訪問した習近平国家主席は、共同声明の中で、中国が今後も仲介を続ける意欲を再確認した。ミャンマー側は「ラカイン州の問題、その困難さ、複雑さに対する中国側の理解」に感謝を示した。

jp.reuters.com

 

なぜラカイン州の権益が中国政府にとって大事なのか。これは中国共産党の掲げる一帯一路(One Belt One Road)イニシアティブ*6が関連している。

 

雲南省省都昆明を起点とし、かつての援蒋ルート(ビルマ・ルート)の一部を通ってラカイン州のチャウピュー港に至るルートを確保できればインド洋に進出できるからだ。13年にはこのルートにガスパイプラインが、14年には原油パイプラインが開通している。

それゆえに中国政府にとってはチャウピュー港関連の権益が十分に確保されることが最大の関心なのである。人道上の問題に関心があるのではなく、権益保護のためにラカイン州の安定が必要なだけなのだ。よってロヒンギャそのものには興味がないということである。

 

中国政府がミャンマー政府を庇う理由は他にも存在する。それは「内政不干渉の原則」である。

中国によるミャンマーの擁護は、その国際関係の大原則にあります。中国政府が何より強調するのは「主権尊重」、「内政不干渉」の原理です。この論理に従えば「ロヒンギャ問題はミャンマーの『国内問題』であり、外国が口出しすべきことでない」となります。

 付け加えると、中国の主張によれば「植民地時代、確かな主権がなかったことで中国人の人権が外国人によって侵害されたのだから、人権を守るためには主権が優先されるべき」となります。

 この論理を前面に押し出すことで、中国は国際的に批判される国の政府とも友好関係を結び、時には安保理常任理事国としてこれらの政府をかばってきました。白人の土地・財産を黒人政権が一方的に接収しているジンバブエ、アサド政権による民間人への空爆が続くシリアなどは、その代表例です。

 ミャンマーの場合も、1988年にクーデタで軍事政権が発足すると、欧米諸国はこれを批判して経済制裁を実施しましたが、中国はこれとの関係を維持し続けた歴史があります。その意味では、「一貫性がある」という言い方もできるでしょう。

news.yahoo.co.jp

 

人道上の問題を抱える国に対し、欧米諸国の制裁をよそに独裁政権と親密な関係を築いて貿易で「一り勝ち」するのが中国共産党の戦略である。「弾圧の輸出」もこの戦略の一環に他ならない。独裁政権を擁護するメリットは貿易だけではない。例えばウイグル問題や香港版国家安全法の施行に関して西側各国から懸念の声が寄せられる中、シリアやミャンマーなどは「中国の内政問題である」と中国共産党側を支持してくれるのだ。*7*8

このように中国共産党と各国の独裁政権は最悪の形でwin-winの関係を築いている。

当然のことながらワ州も「弾圧」の輸出先の一つであり、少数民族弾圧と宗教弾圧の手法はそのまま持ち込まれているものだと思われる。

 

 ワ州のその後

10月9日付エーヤワディー紙はバプテスト教会の一部のメンバーが解放されたことを伝えた。

The United Wa State Army (UWSA) has released more than 60 ethnic Kachin members of a local Christian group but continues to hold ethnic Lahu religious leaders, according to the group’s chairman.

(中略)

According to the LBC, more than 100 churches have been shuttered and that some have been razed. Its secretary-general, Reverend Lazarus, said the UWSA detained 92 of its leaders and that none have been released to date.

ワ州連合軍(UWSA)は、現地のキリスト教グループの60人以上のカチン族のメンバーを解放したが、グループの会長によると、ラフ族の宗教指導者を引き続き拘束しているという。

(中略)

ラフバプテスト連盟(LBC)によると、100以上の教会が閉鎖され、一部の教会は取り壊されたという。ラフバプテスト教会の事務局長であるラザルス牧師によると、ワ州連合軍(UWSA)は92人の指導者を拘束し、現在までに釈放された者はいないという。

www.irrawaddy.com

同じキリスト教が多いカチン族とラフ族で扱いが異なるのはアジア・タイムズの指摘が当たっていたことを意味しているのではないだろうか。

ラザルス牧師によると教師(支教?)がワ州における布教をやめるようワ州政府に強要されたというのだ。

“The UWSA forced our school teachers to sign [statements] that they will not promote Christianity any more in the Wa region. But our members refused, so they were locked up in prison,” he said.

"UWSAは我々の学校の先生たちに、ワ州ではもうキリスト教を広めないという署名(声明)を強要しましたが、私たちのメンバーはそれを拒否しました。しかし、それで彼らは刑務所に監禁されたのです。」と彼は言った。

 これはワ州政府の声明の5番「学校での宗教的なプロパガンダや教育は断固として禁止されている。」を念頭においた措置だと推測される。

 

そしてその3日後の10月12日、エーヤワディー紙はラフ族のキリスト教指導者らが解放されたことを伝えた。

The United Wa State Army (UWSA) on Wednesday released 92 Lahu religious leaders the armed group detained last month during a crackdown on Christian churches in northern Shan State, according to the Lahu Baptist Convention (LBC).

LBC Secretary-General Reverend Lazarus told The Irrawaddy on Friday and the leaders were released in the evening after vowing to abandon their religious practices.

“Before they were released, they had to promise that they would not read the bible or pray anymore when they returned home,” he said.

Rev. Lazarus said the convention’s members can no longer visit the 52 LBC churches the armed group has shut down, either.

水曜日、ワ州連合軍(UWSA)は先月、シャン州北部のキリスト教会への弾圧の際に拘束された92人のラフ族の宗教指導者を釈放したと、ラフ族バプテスト協会(LBC)は伝えた。

LBC事務局長のラザルス牧師は、金曜日にエーヤワディー紙に語っており、指導者たちは彼らの宗教的慣習を放棄することを誓った後、夕方に解放された。

「釈放される前に、彼らは帰宅する際に聖書を読んだり、祈ったりしないことを約束しなければなりませんでした」

ラザルス牧師は、連盟のメンバーは、武装グループが閉鎖した52のLBC教会を訪問することもできなくなったと述べた。

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同年12月18日、ワ州政府は閉鎖した教会の再開を決定した。

 

The United Wa State Army (UWSA) will allow churches to reopen in the areas under its control in northern Shan State after ordering them shut for several months.

Nyi Rang, a spokesperson for the UWSA based in Lashio, northern Shan State, told The Irrawaddy that the central Wa authorities had made the decision to let the churches reopen.

“They will let Lahu and Kachin churches reopen. The decision was made at [Wa leaders’] recent meeting,” said Nyi Rang.

The UWSA shut down over 100 churches run by Lahu and Kachin Christians in August and September. Nyi Rang said his group had completed its investigations into those churches and was now ready to allow them to reopen.

Lahu Baptist Convention (LBC) Secretary-General Reverend Lazarus said his group would go back to the Wa region again if the UWSA allowed it to.

“If they [the UWSA] allow us to go back there, we are ready to go. We do very simple work; we will teach our religion and reopen our schools,” Rev. Lazarus said.

He said that all churches remain closed, and no one from the LBC was currently able to stay in Wa region, as the UWSA had detained its members and expelled them from the area.

ワ州連合軍(UWSA)は、数ヶ月間の閉鎖を命じた後にシャン州北部の支配地域で教会の再開を許可することになった。

シャン州北部のラシオに拠点を置くワ州連合軍のスポークスマンであるニー・ラン氏は、ワ州中央当局が教会を再開させる決定を下したとエーヤワディ紙に語った。

「政府はラフ族とカチン族の教会を再開させる予定である。その決定は[ワ州の指導者たちの]最近の会議で行われた。」とニー・ラン氏は話した。

UWSAは8月と9月にラフ族とカチン族のクリスチャンによって運営されている100以上の教会を閉鎖した。ニー・ラン氏は、彼のグループはそれらの教会の調査を完了し、再開を許可する準備ができていると述べた。

ラフバプテスト連盟(LBC)事務局長のラザルス牧師は、UWSAが許可した場合、彼のグループは再びワ州に戻るだろうと述べた。

「もし彼ら(UWSA)が許可してくれれば、私たちは行く準備ができています。我々の宗教を教え、学校を再開します。」とラザルス牧師は語る。

彼は、すべての教会は閉鎖されたままであり、UWSAがメンバーを拘束し、ワ州から追放したためLBCのメンバーは現在、誰もワ州に滞在することができないと述べた。 

 

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翌年12月、ついにワ州連合軍は教会再開の許可を下した。実に一年がかりのことであった。

 

The United Wa State Army (UWSA) has allowed over 50 churches to reopen in the areas under its control in northern Shan State after ordering them shut last year.

Lahu Baptist Convention (LBC) Secretary General Reverend Lazarus told The Irrawaddy on Wednesday that churches in Panghsang, Hopang, Kho Pang and Namphan townships were allowed to reopen and that only one church and one school associated with the group remain closed.

“We have 52 churches and we were able to reopen almost all of them,” said Rev. Lazarus.

 

ワ州連合軍は昨年教会の閉鎖を命じたが、シャン州北部の支配下にある50以上の教会の再開を許可した。

ラフバプテスト連盟(LBC)事務局長のラザルス牧師は水曜日、エーヤワディー紙にパンサン・ホーパン・コーパン・ナムサン地区の教会の再開が許可され、LBCに関連した教会と学校が1つだけ閉鎖されたままであると語った。

「我々の52の教会のうちほとんどすべての教会を再開することができました。」とラザルス牧師は述べた。

 

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記事中ではカチンバプテスト連盟もすべての教会を再開することができたと述べられている。

かくしてワ州キリスト教弾圧事件の幕は閉じた。しかしこの一件はワ族とラフ族・カチン族の間に大きな禍根を残す一件になってしまったのではないだろうか。

*1:安田峰俊高橋孝治(2015)「ワ州基本法の研究――中国法との比較を通じて――(1)総則」『経営情報研究(多摩大学研究紀要)』19号https://tama.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=170&item_no=1&page_id=13&block_id=52

*2:安田峰俊高橋孝治(2016)「ワ州基本法の研究――中国法との比較を通じて――(2)民法」『経営情報研究(多摩大学研究紀要)』20号https://tama.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=297&item_no=1&page_id=13&block_id=52

*3:安田峰俊高橋孝治(2018)「ワ州基本法の研究――中国法との比較を通じて――(3)民法【資料】」『ふくい地域経済研究』27号https://www.fpu.ac.jp/rire/publication/regular/d152927.html

*4:支教とは、僻地・農村部等の教育水準の低い地域にある小中学校などで教育支援をするボランティア教員のことである

*5:羅星漢(コーカン地区の麻薬王)や昆沙(麻薬王。シャン州独立を企てた反政府ゲリラ組織モン・タイ軍の司令官。CIAに指名手配されていた。)、彭家聲(麻薬王ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)/コーカン軍の主席としてビルマ共産党の独立を宣言。2009年までシャン州第一特区(コーカン)主席)などの反政府組織のリーダーあるいは麻薬王を輩出した。

*6:一帯一路戦略と書きたいのだが、北京が戦略ではなくイニシアティブだとうるさいのでこのように書く。

*7:综合消息:多国人士批评美国国会众议院通过涉疆法案-新华网

*8:综合消息:恪守一个中国原则 支持“一国两制”方针——多国政府认为中国全国人大推动涉港国安立法属中国内政别国无权干涉-新华网