亡命ベトナム人コミュニティと香港デモの連帯、あるいは片思い

逃亡犯条例に端を発する香港のデモはついに2年目を迎えた。国家安全法が制定され、終わりの見えない現状はこれからも続くであろう。暴動罪等で逮捕・起訴されることを恐れ、故郷を棄てて台湾へと「亡命」した抗議者も少なからずいる。

 

世界には同じく亡命を余儀なくされた人々がいる。今から45年前、一つの国が消滅し、多くの人が故郷を追われた。その国の名はベトナム共和国。通称南ベトナムである。ベトナム戦争によって故郷を失い、海を渡った人々は北米等各地に散らばり、その地でベトナム系コミュニティを築きあげた。

 

米国カリフォルニア州オレンジ郡のガーデングローブ周辺には「リトル・サイゴン」と呼ばれる亡命ベトナム人の巨大なコミュニティが存在する。

ガーデングローブは反共主義ベトナム民主化運動の中心地であり、一時は南ベトナムの亡命政府を自称する組織「自由ベトナム臨時政府」が存在した。*1

 

ここで本題の亡命ベトナム人コミュニティと香港の連帯について書くことにする。リトル・サイゴンの反共活動家は「反共」の一点だけで反中国共産党の運動に関与してきた。*208年のチベット動乱においてはチベット独立派への支持を示し、14年の雨傘運動の際には大規模な支持集会を執り行っている。*3そして、反送中運動においても早くから関心を持ち、積極的に連帯しようという意思を見せている。

彼らの香港民主化運動への関わりについて時系列で追っていくことにしよう。

 

2019年6月16日、香港では逃亡犯条例への懸念から史上最大規模の「200万+1人デモ」が行われたが、同日カリフォルニア州72区*4選出のベトナム系のタイラー・ディエプ(Tyler Diep)カリフォルニア州下院議員はFacebookTwitterでデモ隊への支持を示した。

www.facebook.com

 

 

7月1日、ガーデングローブに本社を置くベトナム語専門テレビチャンネルSBTN(Saigon Broadcasting Television Network)の創立者かつCEOである元ミュージシャンのチュック・ホー氏は反送中運動を支持する曲"Sea of Black"を発表した。この曲は香港の電子掲示板LIHKG*5で好評を得、約50万回再生された。*6

 

youtu.be

この曲に関連して香港紙アップル・デイリーはチュック・ホー氏に独占取材した。記事によると、チュック・ホー氏は2014年の雨傘運動の際に香港を訪れ、コーラス部分が頭に思い浮かんだという。そして6月16日のデモの様子を見て大いにインスパイアされたとのことだ。

hk.news.appledaily.com

 

香港の英字紙サウス・チャイナ・モーニング・ポストや英字ネットメディアであるホンコン・フリー・プレスもこの曲を取り上げている。

www.scmp.com

 

hongkongfp.com

 

 

8月17日、オーストラリアのメルボルンにて香港のデモ隊支持派による集会が行われた。主催者はベトナム系で、ベトナム系コミュニティのほかにチベット人ウイグル人も参加した模様である。

オーストラリア国旗と南ベトナム国旗が目立ちすぎて何の集会か分からなくなっているが...

カナダに拠点を置く海外越僑向けのベトナム語紙Thời Báoは「香港で天安門事件が起きるのを望まない」という記事においてこの集会を取り上げた。

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thoibao.com

 

現地のテレビ局ABCとSBSもこの集会について報じている。

www.abc.net.au

In Melbourne, pro-democracy demonstrators were joined by more than 100 members of Melbourne's Uyghur, Tibetan and Vietnamese communities, among others, who came to show their concern about the situation in Hong Kong.

Organiser Phong Nguyen said he hoped Melburnians would be "appalled" by the behaviour of pro-China protesters who clashed with the pro-Hong Kong democracy activists on Friday night.

"We [are] very concerned about what China's threatening lately, about the crackdown," he said.

"We [have] still got a very vivid memory of the Tiananmen Square. We don't want another Tiananmen Square."

Vietnamese community leader Bon Nguyen said many of the people joining the protest were "victims of the communist regime".

  "We come together strongly to show our support, to protect our Australian democratic values. It is our responsibility to do that," he said.

"The moment we keep silent, we are actually concurring to the actions of the aggressive regime."

www.sbs.com.au

 

10月、米国ではNBAヒューストンロケッツのダリル・モーリーGMが"FIGHT FOR FREEDOM STAND WITH HONG KONG"と書かれた画像をTwitterに投稿したことで、中国バスケットボール協会が協力関係を停止するなど香港デモを巡って問題が広がっていた。26日にはベトナム人香港人がロケッツの試合会場の外で抗議集会を行った。

SBTNの動画から抗議者らが前述の"Sea of Black"を歌っているのが確認できる。

youtu.be

 

現地紙ヒューストン・クロニクルもこれについて報じている。

www.houstonchronicle.com

 

11月には亡命ベトナム人らがロサンゼルスの中国領事館前で香港のデモに関連する抗議活動を行った。*7

現地紙ロサンゼルス・タイムズはこの抗議活動に関連して亡命ベトナム人らによる民主化運動について詳しく取り上げた。

www.latimes.com

 

As for the outpouring of support for Hong Kong’s pro-democracy movement among the Vietnamese community in Southern California, UC Irvine history professor Jeffrey Wasserstrom said that “there are long connections between the two regions,” including the settlement of refugees.

Daniel Tsang, distinguished librarian emeritus at UC Irvine, who did research in Hanoi and Hong Kong, also underscored a long history of cross-migration. Some residents of Orange County’s Little Saigon, he said, are actually descendants of “ethnic Chinese” who fled to Vietnam before settling in the United States. In fact, Tsang added, many of the refugees who fled after the fall of Saigon and settled at Camp Pendleton in 1975 were ethnic Chinese.

リトル・サイゴンベトナム系住民の中にはアメリカに移住する前にベトナムに逃れた華人がいると書かれているが香港民主化運動への積極的な関与とは関係があるのだろうか。*8

 

11月24日、リトル・サイゴンの住民らはウェストミンスターハノイ・プラザ前でデモを行い、"Red China get out of Hong Kong"や"Red China get out of Vietnam"などのシュプレヒコールを上げた。

youtu.be

 

2020年1月1日、亡命ベトナム人とみられるあるネットユーザーが香港が20万人超のベトナム難民を受け入れたことに感謝を示し、デモ活動を支持する「HÙNG KHÚC VỌNG NGÂN- 雄曲重音 -A HEROIC SONG ECHOED」という曲を発表した。

これは香港紙アップル・デイリーでも取り上げられている。

 

youtu.be

hk.appledaily.com

1月19日に香港で行われた「天下制裁集氣大會」ではデモ隊が日の丸・青天白日満地紅旗・太極旗・金底三線*9を持って参加した。

https://qghc.files.wordpress.com/2020/02/vn1.jpg?w=300&h=192

https://qghc.files.wordpress.com/2020/02/vn2.jpg?w=300&h=195

Hong-Kong và VNCHqghc.wordpress.com

LIHKGには「喺香港消失咗差唔多45年嘅越南共和國 (南越) 國旗喺1.19集會嗰日再次出現」

lih.kg

「香港で約45年前に消えたベトナム共和国(南ベトナム)国旗が1.19集会の日に再び現る」(拙訳)というスレッドが立ち、香港人南ベトナムの歴史に関心を寄せている模様であった。果たして、亡命ベトナム人から香港への「片思い」は「連帯」になるのだろうか。

 

1月26日、米国カリフォルニア州ベトナム系芸能人*10たちは香港のプロテストソング「願榮光歸香港」のベトナム語版を歌い、香港への連帯の姿勢を示した。

youtu.be

5月になってやっと香港人に認識されたらしく、LIHKGでも取り上げられた。しかし、「thankyou 越南🇻🇳*11」等のコメントも見られる。

 

[上youtube多謝人]越南人嚮一月已經著晒FREE HONGKONG tee 大合唱願榮光聲援
- 分享自 LIHKG 討論區

lihkg.com

 

4月29日、LIHKGに立ったスレッド

「聽日4月30號就係南越 (越南共和國) 淪陷45週年,為感謝南越手足支持香港反送中運動,應該要為呢一日致哀」

lih.kg

「明日4月30日は南ベトナム(ベトナム共和国)陥落45周年。南ベトナムの仲間達の香港反送中運動支持に感謝してこの日は哀悼の意を示そう」(拙訳)では、「(共産ベトナムを敵に回したりして)敵を増やすのは良くない」「南ベトナムは我々に関係ないでしょ」といった冷たい意見が相次いだ。

亡命ベトナム人側からのラブコールはあまり届いていないようだ。残念ながら「連帯」には程遠い模様である。

 

同年5月末、カナダ・オンタリオ州のタン・ハイ・ゴ(Thanh Hai Ngo)元老院議員は最後の香港総督クリス・パッテン氏が主導する「中英連合声明の重大な違反」を非難する国際議員団に加わり、デモ隊を支持する姿勢を示した。

 タン・ハイ・ゴ議員は南ベトナム出身の亡命ベトナム人で、南ベトナム軍の兵士でもあった。金底三線旗をモチーフにしたマフラーを巻く彼のTwitterのアイコンからわかるように、彼はリトル・サイゴンの住民同様ゴリゴリの反共主義者である。

www.hongkongwatch.org


 

 

亡命ベトナム人の香港への「片思い」はこれからも続きそうであるが、今後どのような発展を遂げるのか見守っていきたい。

*1:グエン・カーンの死去に伴い、自然消滅。

*2:元右翼の知り合いに言わせれば「節操がない」とのことである。

*3:Vietnamese Support Hong Kong Candlelight Vigil - Little Saigon, Westminster, California /P1

https://youtu.be/wI3T65Nq5kY

Vietnamese Support Hong Kong Candlelight Vigil - Little Saigon, Westminster, California /P2

https://youtu.be/ME10B6TMa5Y

Vietnamese Support Hong Kong Candlelight Vigil - Little Saigon, Westminster, California /P3

https://youtu.be/olQjFzglx6Q

*4:ガーデングローブ・ウェストミンスターを含む選挙区である

*5:越南人寫咗首歌俾我地https://lihkg.com/thread/1282306/

*6:2020年6月14日閲覧

*7:後述のロサンゼルス・タイムズの記事によるとガーデングローブから参加した抗議者もいた模様である。ガーデングローブから在ロサンゼルス中国領事館までは車で約40分ほどの距離であり、そう遠くはない

*8:米国ベトナム華僑聯誼会(美國越南華裔聯誼會)および米国カマウ同郷聯誼会(美國金甌同鄉聯誼會)がLAにあることは確認できたが、ガーデングローブやウェストミンスターベトナム華人に関連するものは見つけることが出来なかった。

*9:日本国・中華民国大韓民国ベトナム共和国の国旗の名称

*10:動画の投稿者であるMin Chanh Entertainmentの本社の位置はわからないが、カリフォルニア州オレンジ郡の都市で公演を行っているためリトル・サイゴンの亡命ベトナム人コミュニティと深いかかわりがあると思われる。

*11:言うまでもなくこれは共産主義陣営のベトナム社会主義共和国の国旗である